乳製品を昔から食べているブルガリア人にとって、バターは買うものではなく、家で作るものでした。多くの家では山羊、羊、牛などを家畜として飼っていました。春に繁殖させ、夏には山に連れていき、生い茂った草をたくさん食べさせます。7~8月頃は多くの乳がでるため、バター作りの一番のシーズンでした。冷蔵庫のない時代には、乳からバターを作り、そのときにできる「ムテニッツア」と呼ばれるバターミルクを、季節の飲み物として楽しんでいました。
現在、ブルガリアのスーパーでは、バターは紙で包まれていて、一般的に一塊250グラムで売られています。日本のように、紙箱に入っていることはあまりありません。夏に買うと、家に着く前に溶けて変形してしまうこともよくあります。一方、パザール(市場)では、自家製のバターが売られています。値段はスーパーとあまり変わりませんが、見た目が白く、味は少しクリーミーです。バター特有の匂いがあまりしないところが、私は気に入っています。
今回は、ブルガリアに伝わる昔ながらのバターの作り方を紹介したいと思います。まず、山羊や羊、牛などの家畜の乳を絞り、冷暗所に2〜3日置きます。これは、少し発酵させ塊ができるのを待つためだそうです。その乳を「ブタルカ」と呼ばれる木でできた細長い容器に入れます。「ブタルカ」とは、「押す」という意味の動詞からきている名前です。地方によっては呼び方が少し違うようで、私が写真を撮らせてもらったお宅では「ブチカ」と呼んでいました。その後、乳が冷たすぎたらお湯を、温かすぎたら水を注ぎ、温度を調整します。あとは容器の名前の通り、木の棒を上下に動かし、ひたすら乳を「押し」ます。そうしてできた容器の上に固まっているのがバターで、残った液体が「ムテニッツア」です。
友人宅で、「ムテニッツア」とブルガリアの伝統食である「ポガチャ」という、イーストを使わない丸い自家製のパンを一緒にいただきました。「ムテニッツア」は、牛乳よりさっぱり、ヨーグルトよりも濃厚な味でした。自家製の「ムテニッツア」は小さなバターの塊を舌で感じられ、プレーン味の「ポガチャ」によく合いました。「ムテニッツア」は、何杯飲んでも胃が重くならない不思議な飲み物でした。